キャンプの夜の事
キャンプに行くと、決まってその日の夜にテントの外で人が歩いてるようなガサガサした音が聞こえる。
自分のサイトの周りにも他のお客さんがいるなら気にもしないが、自分しかいないのに外で人の足音らしき音が聞こえるとギクっ!てなる。
外は真っ暗で明かりも見えない。
そうなると人間だとしても怖い。
外をのぞいていいものかどうか躊躇いながら、恐る恐る顔を出してみるが誰もいない。
いつも同じキャンプ場に行ってるから、そこには野良猫が多く住み着いてる事も分かってるので、最初は猫が残り物を盗み食いにコソコソやってきたんだろうと思っていたが
ある時『これはどう考えても猫レベルの足音じゃない!』と確信できるガッサガッサとした音がテントのすぐ近くからちゃんと聞こえた事があって、その時はとっさに立ち上がってすぐ外に顔を出した。
でもやっぱり誰もいなかった。
冷静に考えれば猫の足は肉球があるから、ガサガサ音を出して歩いたりはしないだろう。
その日以来『歩くなら歩かせておけばいいじゃないか』と黙認する事で終わらせる事にした。
数年前に長瀞のキャンプ場で撮った写真に無数のオーブと思われるものが写っていた事もあり、キャンプ場ではわりとこういう不可思議な事が起こるものなんだろうと自分の中で解釈している。
それ以上の恐怖をお見舞いしてこないのなら、足音や写真くらい目をつむって酔っ払っていられるので。
恐怖の夜といえばあの夏の日を忘れられない。そんな思い出が脳裏に焼き付いている。
16の夏の夜だった。
友達と3人でもって深夜にセブンイレブンに行くと、店の照明につられて真っ白くて自分の手くらいデカい蛾がガラス窓にバタバタぶつかりながら、それでも光のほうへ羽ばたこうともがいているのを見かけて、俺達はその光景を見上げながらポカンとしていると…
急にキキキキッ!とタイヤを鳴らして勢いよくセブンの駐車場に入ってくる白のワゴンRが目に入ってきた。
コンビニ来るのになにをそんな急ぐのよと思いつつ、それでも俺は蛾のほうに顔を向けて横目だけでその車を見ていたら、中から白いワンピースを着た髪の長い女性が降りてきて、そのまま店内に入っていった。
そして俺達はまた蛾を見上げてた。
ちょっと経って、店から出てきたさっきの女性が自分の車じゃなく俺達のほうへ向かって歩いてきた。
俺の隣にいた友達に『すみません』と声をかけてきた。
なんだ?と思って見たら『100円貸してくれませんか?』と言ってきた。
友達が『え?100円ですか?』って聞き返したら、女性はお願いしますという感じに両手を合わせて手の平を差し出してきた。
その手にふと目をやった瞬間にギョッ!として一気に血の気が引いた。
驚いた事に手首がバッサリ切れていて、中まで見えちゃっていたんだ。体の内側が。
あれには本当にたまげた。
でも、あれほどバッサリ深く切れていたのに、なぜか血は出ていなかったのが今でも不思議。
俺はビックリしながら、その女性の顔を見た。
すると、ついさっき横目でチラッと見た時は白いワンピースを着た女性だと思っていたが、実際は全身で血を拭ったみたいにそこらじゅうが赤く染まっていて、服なら腕なら顔やら俺の目に見えてる部分は血だらけの状態だった。
3人揃って絶句していたら、女性の方から『包帯を買いたいけど、お金が足りなくて買えないから100円を貸して欲しいんです。』というような話をされた。
その女性は俺の隣にいた友達に向かって話していたので、俺は頭の中で『コンビニって包帯売ってたっけ?』とか『包帯巻いとけば良い怪我じゃないと思うけど…』とか考えていたら、また女性の方から
『必ずお返しするので連絡先を教えてください』と言われた瞬間
間髪入れず即座に『いやいやいやいや!』と3人揃って全力で拒否した。
ずっと顔を向けて話をされていた友達が財布から100円を出して『どうぞ』と言って女性に手渡した。
女性は頭を下げてコンビニに入り、そして少し経って出てきたら、そのまま乗ってきた白のワゴンRでどこかへ走り去って行った。
俺達はその後もしばらくコンビニの前で『なんだったんだ!こえー!』って騒いでいたが、本当に夢の中の出来事みたいな寸劇だった。
気付いたらデカい真っ白の蛾もどこかにいなくなっていた。